1日3分。ゆるエモ日記

Dear

私は人生に疲れた時、大好きだった叔父さんを思い出して踏ん張っている。

叔父さんはロマンチストでユーモアがあっていつも前向きで私の尊敬する大人だった。


叔父さんは絵が好きだった。

叔父さんの部屋には絵がいっぱい飾ってあった。もちろん叔父さん自身も絵を描いていた。

自分の絵に自信が無くて、塗り絵ばっかりしていた私に『正解なんて無いんだから描きたいように描いたらいい。』と背中を押してくれたのも叔父さんだった。

叔父さんは音楽が好きだった。

叔父さんはトランペット奏者だった。叔父さんの部屋に遊びに行くといつもジャズが流れていた。

叔父さんに憧れていた私は吹奏楽部に入った。

叔父さんはスポーツが好きだった。

運動音痴だった私を慰めたりせず『悔しい気持ちが少しでもあるのなら努力しなさい。身体のせいにしてはいけないよ。』と叱ってくれたのも叔父さんだった。

私は叔父さんに褒めて欲しくてスポーツも始めた。


叔父さんはある日事故にあった。

一命は取り留めたものの、顔と右手首以外は後遺症で動かなくなってしまった。一生ベッドの上で過ごすのだ。

子供の頃の私はあんまり覚えていないけれど、叔父さんの奥さんは事故以降、何処かへ行ってしまったのだと親戚の叔母さんから聞いた。

それでも叔父さんは変わらなかった。

微かに動く右手首に筆を固定し、絵を描き、なんならパソコンのキーボードだって打ってみせた。

お陰でラジオをゆっくり聴く趣味も出来たと笑っていた。


私は暇さえあれば叔父さんの所に遊びに行った。

自分に出来る事はほんの僅かだったけれど、身の回りのお手伝いをしたり、学校での出来事や好きな漫画の話をしたり、絵を描いたり、一緒にラジオを聴いたりしてたくさんの時間を過ごした。

家族に言えない悩みや心のモヤモヤも叔父さんになら不思議と話す事ができた。

他人に心を開く事ができなかった私が唯一、自分らしく居られる場所だった。

…….

…….

…….

そして数年前、叔父さんは亡くなった。


叔父さんは幸せだっただろうか。

本当は無理して笑っていたんじゃないか。

もっとしてあげられた事があったんじゃないか。

大人になった今でも、ふと思い出しては色々と考えてしまう。

私は叔父さんみたいに前向きな人間じゃない。

前向きになろうと思ってもそう簡単にはいかないようだ。

でも、昔よりは前向きになった気がするよ。

少しは成長している気がするよ。

だからツラくなった時はいつも叔父さんを思い出すんだ。

もう少し頑張ってみるよ。